東京高等裁判所 平成10年(う)512号 判決 1998年6月08日
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中五〇日を原判決の刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人佐々木良明作成の控訴趣意書に記載されたとおりであって、要するに、被告人は、判示第三事実の覚せい剤はカルロスの所有物であり、被告人はこれを預かっていたと供述しており、これを否定すべき証拠がないのに、原判決が被告人単独の所有物である疑いが濃いと判示しているのは事実誤認であり、右認定に基づく量刑は不当であるというのである。
検討するに、判示第三事実の訴因は、当初「被告人は、通称カルロスと共謀の上、みだりに、平成九年一一月一日、東京都墨田区太平<番地略>先路上に駐車中の普通乗用自動車内において、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶七・六一一グラムを所持したものである。」というものであったが、第三回公判期日において、「通称カルロスと共謀の上」とある部分を「単独で又は通称カルロスと共謀の上」とする旨の択一的訴因に変更された。これに対して、被告人は、捜査段階の供述調書でも公判段階の供述でも、この覚せい剤はカルロスの物であり、カルロスに頼まれて覚せい剤の入っているスポーツバックを預かっていたと供述していた。原判決は、変更後の択一的訴因のいずれか一方を認定することなく、その双方を択一的認定の形で罪となるべき事実と認定し、補足説明として、証拠上認められる諸事情を指摘した上、カルロスなる人物が実在するかどうかについてはいささか疑問の余地があり、仮に実在するとしても、この覚せい剤は被告人単独の所有物である疑いが濃いものと認められると判示した。
論旨に対する判断に先立って原判決の右の認定事実について職権調査すると、原判決が補足説明として判示するところは、記録に照らして是認することができる。そうすると、原判決は、被告人が自ら本件覚せい剤を所持した点は明白であり、しかも、単独でこれを所持した疑いが濃いが、他方カルロスと共謀して本件覚せい剤を所持した旨の被告人の供述を完全に排斥することができないとの判断に立ち、被告人が単独で又はカルロスとの共謀の上本件覚せい剤を所持したとの択一的な事実を認定したものと解される。しかしながら、被告人がカルロスと共謀の上これを所持したという事実が証明されていないのにこれを択一的にせよ認定することは、証明されていない事実を認定することに帰して許されないというべきである。これに対し、被告人が本件覚せい剤を所持したことは証拠上明白であって、カルロスと共謀の上これを所持した疑いがあっても、そう認定することに問題はなく、択一的に認定する必要はなかったのである。のみならず、罪となるべき事実の要件事実を単一では認定することができず、他の要件事実と択一的にのみ認定することができる場合においても、二つの要件事実のいずれかという択一的な形で認定することは、証明されていない要件事実を認定することに帰して原則として許されず、外形上二つの要件事実があってもこれらを包含する上位の要件事実が存在していると認められるような特殊な関係があるため、択一的な形で上位の一つの要件事実が証明されていることになる場合に限り許されるものというべきである。そうすると、原判決には事実誤認があることになるが、本件においては被告人自身が覚せい剤を所持していたことは明白であり、ただ被告人が共謀による所持であると主張していたため共謀の点が念のため付加されたにとどまると解することができるので、右の誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいえない。
次に論旨に対する判断に進むと、被告人は、約四年七箇月の長期間にわたって本邦に不法残留し、覚せい剤を使用し、コカイン約〇・三二三グラム所持し、さらに約七・六一一グラムの覚せい剤を所持していたのであるから、前科がないこと、反省の情、家族の状況等の被告人のために酌むべき諸情状を考慮し、所持した覚せい剤が被告人の所有物でなかったと仮定してこれを考慮しても、原判決の量刑が重過ぎて不当であるとはいえない。また、記録によると、被告人は検挙された時には覚せい剤の入ったバックを自分の物であると警察官に話していたこと、右のバック内に被告人の所有物であるノートや水の入ったボトルが入っていたことからすると、右バックひいては本件覚せい剤が被告人の所有物である疑いが濃いとし、そのような状況下での所持であることを考慮した原判決の措置が不当であるともいえない。論旨は理由がない。
よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条を適用して当審における未決勾留日数中五〇日を原判決の刑に算入し、当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 香城敏麿 裁判官 北島佐一郎 裁判官 平谷正弘)